人生

【1日で死の恐怖を克服!】いつか死ぬのが怖い?これを見れば解決!

気にしだしたら落ち着かなくなるものと言えば、舌の位置、呼吸の仕方、そして何より「死後の世界」

死後の世界のことを考え出すと、周りの明かりが消えるように急に不安になりますよね?

さらに「何で生きてるんだろう?」とか「生きる意味ってあるのかな?」とか、その他の答えのでない問題にまで発展することも……。

こんな経験、だれでも一度くらいはあるのではないでしょうか?

僕も例にもれず、というか人一倍「死んだらどうなるんだろう?」と子供の頃から悩んでいました。

考えて考えて考え続けた結果、「死ってそこまで怖くないんじゃないか……?」という結論に至りました。

同じように死について悩んでいる人は、ぜひ「僕のたどり着いた答え」聞いて行ってください。

きっとあなたの「死の価値観」が変わるはずです。

死ぬことが怖い

みなさんは一番最初に「死んだらどうなるんだろう?」と思った瞬間は覚えていますか?

僕の場合は、小学校3年生くらいでその問題と直面しました。

夜寝付けないときに暗闇に向かってボーッとしていると、ふっと「死んだらどうなるんだろう?」という考えが浮かんできました。

前からふわふわ~っと「どうなるんだろうな~」と思ってはいましたが、全く想像がつかなくて「わかんねえや!」と先送りしていましたが、

なかなか寝付けない時、無駄に思考がクリアになることってありますよね?

ちょうどそんな時だったので、これ幸いとない頭を駆使して「むむむむ……」と考え込んでしまいました。

そしてその時たどり着いた答えは「死んだら無になる」というもの。

暗闇と静寂が「死」と「無」を結びつけたのか、あるいはそれ以外考え付かなかったのか、「死=無」という答えが出てしまいました。

自分が死んだら消える……。

死んでしまったら何年たっても、何百年たっても、地球が滅んでも、宇宙が滅んでも、死んだ瞬間から永遠に死んだままで、何も感じることができず、何も考えることができず、”自分という存在が消えた”ことを理解することもできずに、「無」になる

そして、自分のいない世界がこれからずっと続いていく――

 

『永遠に無』

 

こんなことを子供心に直感したとき、ものすごい恐怖を感じ、布団を頭までかぶって震えながら「楽しいこ……と楽しいこと……」と、怖さを紛らわせようと必死だったことを今でも覚えてまいす。

これは大人になった今だから気づきましたが、映画とかで「知ってはいけないこの世界の謎」を知ってしまった時の「ゾクッ」に似ていました。

と、まあこんな感じで僕は子供の頃からずーっと死が怖かったんです。

死後の世界は無?

楽しい思い出や辛い思い出も、美味しいものを食べた時の満足感や好きな音楽を聴いた時の高揚感、自分の経験や感覚そのすべてが、死んだら消滅してしまう。そんな死が怖い

この話を「わかる!」と共感してくれる人は割と多いのだと思います。

同じように死について『無になるのが怖い』、『消えたくない』と悩んでいる人を見かけて、「自分だけじゃないんだな」と正直ホッとしたことを覚えています。

でもそこで疑問が生まれたんですよね。

「あれまてよ? なんで『死ぬと無になる』が絶対って前提で話が進んでるんだ?」と。

 

死後の世界について宗教的な答え(輪廻転生、天国地獄、最後の審判)を抜きにすると、ほとんどの人は無を想像すると思います。

でもそれってどうしてなんでしょうか?

単純に「死んだら無になるから」ということなんでしょうか。

いいえ違います。

その理由は、死後の世界が全く想像できないからです。

想像が及ばなすぎて全く分からないからこそ、「無になる」という答えが一番最初に出てくるだけ、なんだと思います。

 

”井の中の蛙、大海を知らず”という言葉がありますよね。

意味は置いておいて、「人間と死後の世界の関係」はその字面通りの状況です。

”生きている人間、死後の世界を知らず”

井戸の中で生きているカエルが、外にある海について知りえない様に、生の世界を生きている人間が、生の外側にある死後の世界のことなんて知りようがないんです。

ただ、人間はカエルと違って「この生の外側には死がある」と、自分の生きている世界の外側を知覚できています。

井戸の外には別の世界が広がっていますが、実際に井戸の外へ出てみないとどんな世界なのかは分かりようがありませんよね?

同じように、死んだ後のことは実際に死んでみなければわかりようがありません。

 

ただ、さっきも言ったように人間は「わからない」ということを知覚できます。

死後の世界について考えてみるわからない無になる?

というふうに「無になる」という答えがでてしまうのは、実際に死後の世界が無だからではなくて、「想像がつかないから」というだけなんです。

つまり、「死んだら無になる」という答えは、あくまでも「無限に考えられる死後の世界」の1つでしかありません。

なので、「死ぬと無になる」と怖がっている人は、今一度冷静に考えてみてください。

脳科学でもわかっていない

中にはこんな鋭い意見を持っている人もいるかもしれません。

心(意識)はしょせん脳でつくられているものだから、脳が死んだら心も死ぬ。つまり意識を感じられなくなるから無になる

納得してしまいそうですが、現在の脳科学でも「心(意識)は脳の働きによって生まれる」ことを直接裏付ける証拠はなく、「脳と心(意識)が同一のものなのかどうか」は解明されていません。

「心や意識」というものについては、『心脳問題』や『意識のハード・プロブレム』など未解決の問題があり、議論が続いている状況です。

指摘通り、心は脳の働きによって生み出されているものかもしれませんし、未発見なだけで「心」という器官があるのかもしれませんし、それ以外の何かなのかもしれませんが、いまだ謎に包まれています。

つまるところ、これらが解明されない限りは、「脳が死んだら心(意識)も消滅して無になる」が死後の世界の答え、とは言えません。

ありえるかもしれない死後の世界


人間は「わからない」ということを知覚できます。

ですから、わからないゆえの「無になる」という答え以外にも、いろんな死後の世界を想像しようと思えば想像できます。

ということで、いまだに「死んだら無になる」という呪縛にとらわれている人に、その答えは無限に考えられる可能性の1つなんだとわかってもらえるよう、様々な死後の世界について紹介していきたいと思います。

天国・地獄

日本人にとってなじみのある死後の世界と言えば、「天国・地獄」ですよね?

宗教によっては細かいところで違いがあると思いますが、すごく簡単に言うと”世界が終わるとき、生前の行いによって天国か地獄かに振り分けられる”というものです。

  • 善い行いをした者は天国
  • 悪い行いをした者は地獄

というやつですね。

日本だと”閻魔様に決められる”というのが一般的ではないでしょうか。

死後の世界として「天国地獄」は有名ですが、存在するかどうかはわかりようがありませんので、想像上の世界に過ぎません。

こんなこと言ったら信仰心のある人に怒られるかもしれませんが……。

輪廻転生

次に紹介するものは「輪廻転生(りんねてんせい、りんねてんしょう)」というやつです。

これも「知ってる!」という人も多いかもしれません。

簡単に説明すると、”生まれて、死んで、を繰り返すこと”です。

前世とか来世と言うとさらに理解しやすいかですかね。

中でも仏教の「六道」は特に有名だと思います。

天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道という、”6つの世界を永遠に廻り続ける”という感じの考えです。すごく簡単に言うと、ですけどね。

ちなみに人間道は上から2番目に良い世界なんだそうですよ?

ともちか
ともちか
……ほんとか~?

プログラム


僕たちが生きているこの世界、もしかするとすべてがただの「プログラム」かもしれません。

『マトリックス』という映画を知っていますか?

”この世界はプログラムでつくられている偽物で、本当の世界は別にある”という設定の映画です。

普段見ている何気ない景色や自分の肉体でさえプログラムで出来ていて、本当の自分はここにはいない。

僕たちが見る”夢”と同じような感じですね。

死んだ後、”本当の世界で目を覚ます”のかもしれません。

超リアルなゲーム

「はい超現実シミュレータはこれで終わりです! 楽しめましたか?」

死んだ後、一番最初に聞く言葉がこれかもしれません。

プログラムの話と似ていますが、「超リアルなゲーム説」というものもあります。

シミュレーションというジャンルのゲームがありますが、それの超リアル版で「人生を体験する」という趣旨の娯楽をしているのかもしれません。

この世界でいうところの”VR”と似ていますね。

僕たちが映画やドラマ、本などで主人公の人生を疑似的に体験して楽しんでいるのですから、「ゼロから別の人生を体験する」という娯楽があってもおかしくないと思いませんか?

まさに今、超リアルな人生シミュレーションをしているのかも?

ともちか
ともちか
……だからと言ってなんでもして良いというわけではありませんよ?

異世界転生


次に紹介するのはかなりファンタジーですが、「別の世界に転生」というもの。

”死んでしまったら前の世界の記憶を持ったまま別の世界で生を受ける”

こんな設定の小説ってよくありますよね?

ようはそれと同じです。

ばからしく聞こえてしまうかもしれませんが、可能性だけで考えると「死んだら無になる」や「天国地獄」などと同列です。

 

少しだけ話は変わりますが、あなたは、並行世界(パラレルワールド)という”もしもの世界”というものを知っていますか?

我々は日々いろいろな選択をしていますが、その選択の数だけ未来は分岐していきます。

例えば、AさんかBさんか、どちらか結婚できるとして、Aさんを選んだとします。

ですが、”Bさんを選んだ世界”も同時に存在していたら……?

これが”並行世界”というものです。

異世界ではなくとも「並行世界に転生する」

こう考えてみると、あながちあり得ないことでもないとは思いませんか?

生き返る

最後に紹介するのは「生き返る」

どんな死後の世界も可能性で考えると同じですが、もしかすると「死んだら無になる」場合もあり得るでしょう。

でもご安心ください。

遥か未来で死が解明され、魂というものが解明され、トンデモ科学によって死人が魂から生き返れるようになってるかもしれません。

「ありえない」と思いますか?

でも例えば、原人が電気やスマホ、飛行機やビル群などを見たらそれこそ「ありえない」と思うことでしょう。そう思える知能があるかどうかは置いておいて……。

とりあえず僕が言いたいことは「未来には可能性がたくさんある!」ということですよ。

死んでしまっても、生き返られる

そんな可能性もあり得ます。

死後の世界は未知の世界


こんなふうに「死後の世界」っていくらでも想像できますが、本物の死後の世界がどういうものなのかは誰にもわかりません。

でもわからないということは「未知」ということです。

 

死後の世界は「未知の世界」

 

そう考えるとわくわくしてきませんか?

確かに死んだらどうなるかわからないって怖いですが、「未知の世界」と考えるだけでワクワク感もついてきます。

こう考えてみると、怖かっただけの死に「期待」というポジティブな面も見ることができませんか?

誰にでも死はいつか訪れるものです。

ですが、死後の世界がどういったものなのかは死んでみなければわかりようがありません。

”わかりようのない死後の世界を怖がって苦しむ”なんてことはしなくて良いんです。

「ただ死を怖がるだけの人生なんてまっぴらごめん」そうは思いませんか?

今は「生の世界」を楽しもう!


「今生きているこの世界」で「わかりようのない死後の世界」について怖がっても何の意味もありません。

僕たちが今足をつけて生きている世界はここです。

死んでみないとわからない死後の世界について、あれこれ考えすぎるのは時間がもったいないです。

僕たちがするべきことは死を怖がることではなくて、死に備えることです。

それはつまり、「この人生を生き切る」ということです。

 

今を生きることに集中しましょう。

生の世界を満喫しましょう。

今、実際に生きているこの世界を生き抜きましょう。

 

とりあえず、今のところは「後悔しないような人生を送る」を目標にしていればそれで良いんです。

今わかっているこの生の世界を存分に満喫して、いつ未知な世界に足を踏み入れても良いようにしておきましょう。

ということで僕が出した結論は……

死後の世界なんて今考えてもわかりようがない! 

じゃあとりあえず、『後悔しない人生』を目標にして

今、生きてるこの世界を楽しもう!

死後の世界は死んだ後の自分にまかせて、今生きているこの世界を楽しみましょうよ! それが一番良いと思います。